3月28日――

僕は毎朝放送の役員面接の只中にいた。形式は、面接官2人、学生3人のグループ面接だ。向かって右側が、一次の面接官でもあった採用担当の平田さん。そして、左側が執行役員の浅田さんである。短く刈り込まれた白髪が、ビジネス戦士の風格を感じさせる。

 

自己紹介や志望動機についての対話が一巡した後、平田さんが言った。

「次は、皆さんの学生生活の中で最も困難だったことは何か、そして、それをいかに乗り越えたかについてお話し頂けますか。では、中村さんからお願いします」平田さんが、僕の隣の学生を指名した。

「はい。私の困難は、サークルで……」彼女が話し始めた。

その時、不意に孔明との会話がフラッシュバックした――

 

 

「いよいよ3日後は役員面接だな。今からお前に、最後の教えを伝授する。この教えこそ、わしの就活論の神髄だ。これを知るか否かで人生が変わると言っても大げさではない。亮、人生を変える覚悟は出来ているか」

「はい、先生」僕は床の上に正座した。

「よし、では始めよう。今日の主題は、『過去語り』だ」

「過去語り……?」

「面接では必ず、『学生時代に頑張ったことは何か』『人生での挫折は何か』といった質問に対し、自分の過去について話すことになる。それらを全部ひっくるめて、過去語りと呼ぶ。面接時間のほとんどは、この過去語りに費やされ、これが上手いか否かが合否を左右する」

「はい」

「この過去語りは、要は自分について話すだけだから、一見簡単そうに見える。だが、そこに落とし穴がある。実に9割の就活生が、この過去語りについて大きな過ちを犯している。わしは、克彦というかつての弟子を通じ、そのことに気付いた。克彦という男は、話が抜群に上手く毎回面接官を爆笑させていた」

「それはすごい!」

「あぁ。だがな……、面接を何社受けても全く通過しなかったのだ」

「え、なぜですか?そんなに話が上手いのに」

「まだ就活軍師として駆け出しだったわしにもそれが分からず、随分と悩んだ。そんな折、テレビで偶然見かけたのが、『人志松本のすべらない話』だった。爆笑しながら、わしは悟った。そうか、克彦の敗因はこれだ!と」

「ん……?どういうことですか」

「克彦の敗因は、『面接で、すべらない話をしていたこと』だったのだ。亮、芸人のすべらない話を聞いて、まるで自分がその場にいるような感覚になることがないか」

「あります。特に千原ジュニアの話なんかは」

「そうだろう。すべらない話の目的は、聴衆を笑わせることであり、その為に極めて重要なのが『過去を想像させる』ということだ。言葉で鮮やかに過去を描写し、聴衆をその世界に連れていくことが肝であり、克彦はそれにかけては天才だった。だがな、面接はそれではダメなのだ」

「なぜですか」

「それはな、面接での過去語りの目的は、すべらない話の目的と本質的に異なるからだ。それは笑いの有無といった表面的な話ではない。よいか、驚くだろうが、実は面接官は学生の過去に全く興味がない。面接官の興味は、『この学生は、将来活躍するか』という一点にある。つまり関心は、過去ではなく、未来にあるのだ。極論、もしもタイムマシンで未来を覗けるなら、面接など必要がない。しかし、それが出来ないから、過去の話を聞いて未来を推し量ろうとする。それが面接だ」

「なるほど……」

「だから、過去語りの目的は、『自分は将来御社で活躍する』というメッセージを発信することであり、そのために重要なのが、『過去の話を通じて、未来を想像させる』ということなのだ。いくらすべらない話としては面白い話であっても、未来の活躍を想像させるものでない限り、面接の場では価値を持たないのだよ」

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