――2015年12月8日

とにかく行動する。そう誓った僕は、その夜中に10社にエントリーをした。

ただ、本当に大変なのはここからだ。

各社毎にES(エントリーシート)を提出しなくてはならない。

ESは選考における足切りであり、通過しなくては一次面接にすら呼ばれない。

 

僕はESが大の苦手だったが、逃げることは出来ない。

そこで僕は、部屋にこもり、昼夜を問わずESに取り組んだ。

まさにES地獄だった。

 

3日後、僕は10社分のESを書き上げた。

「結論から書く」「具体的な数値を書く」といった、あらゆるテクニックを駆使した究極のESだった。

僕は自信満々でそれを提出した。

 

 

――月日は流れ、2016年1月上旬

「ウソだろ……」

僕は我が目を疑った。

10社目のお祈りメールが届いたのだ。

究極のESは全敗だった。

道明寺司のお母さんが裏で経団連に手を回しているのかと勘繰りたくなるような結果だ。

僕は部屋で一人、枕に顔をうずめた。

 

その日の午後、六甲のカフェで、サークルのミーティングが行われた。

冬休みを経て、同回生達は、インターンに「行ける組」と「行けない組」にはっきり分かれていた。

行ける組の中でも一際異彩を放つのが平野就という男だった。

イケメンでスポーツマンの彼は、四菱商事をはじめとする一流企業11社のインターン参加権を手中に収め、生けるレジェンドと化していた。

彼はもともとスリムな男であるが、久々に見ると、更に無駄な肉が落ちていた。

 

「小林は、インターンどこ行くの?」平野が僕に話しかけてきた。

彼は悪人ではないのだが、少々気遣いが出来ないところがあった。

当然僕もどこかには行くものだと決めてかかっている。

 

「俺、インターン出してないねん。行っても意味ないって、東先輩も言ってたし……」

僕は悔しまぎれの嘘をついた。

「ふーん」と言った平野の顔に微かな優越感が浮かんだ。

 

僕はもうこの話題をやめたかったが、ここで逃げては、この差は一生縮まらない。

逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……と自分を鼓舞し、恥を忍んで言った。

 

「就はマジすげえよな。尊敬するわ。

あのさぁ、今後の参考に、お前のES見せてくれんかな」

「全然いいよ!」平野は二つ返事で快諾した。

むしろ彼はこう言われるのを待っていたようだった。

僕は彼のESに目を通した。

欠点の1つでも見つけてやろう思ったが、悔しいかな、非の打ち所がなかった。

自分が社長なら、こんな学生が欲しいとまで思わせる内容だった。

 

「お前、こんなに文章上手かってんな……」僕は素直な気持ちを口にした。

平野のことだ。また自慢話が始まると僕は身構えたが、彼の言葉は意外に謙虚なものだった。

 

「いや全然!俺、文章ド下手でさ、夏のインターンは全落ちやってん。

それで流石にまずいと思って、『あること』を初めてん……」

「ほうほう……」

 

僕はレジェンドのES講座を小一時間受講した。

なるほど。良いことを聞いた。

 

 

家に帰ると、孔明は1階のリビングで、妹の佳林と『三國無双』をしていた。

孔明は僕の家族にだけは見えるのだ。

「おかえりー」2人が同時に言った。

ただいまと返事をすると、僕は急いで孔明に駆け寄った。

「先生、お願いがあります!僕のESを読んで添削して頂けませんか」

 

孔明は一瞬間を置くと、わざとらしくため息をついた。

「はぁ……やっとか。わしはずっと、お前からそう言ってくる時を待っていたのだ」

知らなかった。孔明は僕のESに全く関心がなさそうだった。

僕は僕で、ESは一人で頑張るのが当然だと思っていた。

 

「すまん!佳林ちゃん。こいつに付き合ってやらんといかんから、勝負はまた後で!」孔明が言った。

「えー!いいとこだったのにー。お兄ちゃんのバカ!」佳林は高2になるが、まだまだ子供っぽい。

 

僕たちは2階の部屋に上がった。

「亮、一体どういう心境の変化だ。あれだけ一人でやることにこだわっていたのに」

「実は、ESが通りまくっている友人に言われたんです。

『ESにテクニックは要らない。重要なのは、提出前に他人の目を通すことだ。それだけでいーです。イーエスだけに』と」

僕はダジャレまで忠実に再現した。

 

それを聞いた孔明の表情がハッと変わった。

「そのくだらないダジャレ……。聞くが、その友達、以前より痩せておらんかったか」

「ええ、確かに少し……。それがどうかしましたか」

「いやいや!何でもないんだ。ちょっと昔のことを思い出してな……」何だか様子がおかしい。

 

だが、孔明は何事もなかったように続けた。

「その友達が言うことは非常に的を射ている。

お前は今まで、ESの最大の罠、『独りよがり』に完全にハマっていた。

お前、ESを人に読ませたことがないだろう」

「はい……。恥ずかしいやら、面倒くさいやらで、一度も」

 

「うむ。それがダメなのだ。良い文章を書くには、客観的に文章を見つめることが大事だというのは分かるな」

「はい。いつもそう努めています」

 

「ああ、そうだろうな。

しかし、自分の書いたものを客観的に、言い換えれば、他人のように読むというのは、お前が思っている何十倍も難しいことなのだ。

どれだけ推敲を重ねようとも、必ず自分では気付けない問題が残っている」

「そんなものでしょうか……」

 

「まぁ、論より証拠だ。明日の夜までに、出来るだけ立場の違う3人にESを読んでもらって来い」

「えっ、先生は見てくれないんですか」

「ああ。わしは忙しい。佳林ちゃんとゲームをしなくてはならんからな。さらば」

そう言い残し、孔明はリビングに降りていった。

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