光が消えると、僕は六甲台の第一学舎の前に立っていた。

三国時代の戦場にでも飛ばされたらどうしようかとひやひやしたが、まずはひと安心だ。

ただ、明らかにいつもと様子が違う。なぜかそこら中に高校生が溢れている。

 

「ほぉ、随分と若返ったじゃないか」

孔明はそう茶化しながら僕の肩を叩いた。

 

若返った?咄嗟に自分の服装を見ると、いつの間にかスーツが高校時代の学ランに変わっていた。

なるほど。僕はどうやら、自分自身の合格発表の日に戻って来たらしい。

このタイムスリップは、過去の自分の体に現在の意識が入り込むシステムのようだ。

状況を理解し冷静になった僕の耳に、「ワッショイ!ワッショイ!」という大きな声が聞こえてきた。

声がする方に目をやると、アメフト部レイバンズの屈強な男たちが女子高生を胴上げしている。

女の子でも胴上げされるんだな……なんて考えていると、不意に昔の記憶が蘇った。

 

あの日高校生だった僕は、「合格おめでとう!胴上げしてあげるよ!」と声をかけてもらったのだが、恥ずかしくて逃げてしまったのだ。

ささやかな後悔として、妙に頭に残っていた。

 

「先生、どうしてこの日に戻って来たのですか?就活とは何の関係もないように思いますが……」

僕は先ほどからの疑問を口にした。

 

「かかか!分かっておらんなあ。物事は全て繋がっておるのだよ」

「それはどういう意……」

「すまん!本題に入る前に一本いいか」孔明は僕の質問を遮ると、煙草を吸うジェスチャーをした。まったくわがままな人だ。

「ここは禁煙です」僕は注意し、喫煙所へ場所を移した。

喫煙所に着くと孔明は話を再開した。

「亮よ、人間というのはな、一度頭に染みついた『考え方』をなかなか変えられないものだ」

何やら難しそうな話が始まった。

 

「アメリカの自動車王、ヘンリー・フォード君はな、自動車のボディカラーを黒一色に限定することでコストを下げ、一般庶民でも自動車を持てる世の中を作ったんだ」孔明は煙を吐いた。

「だが、時代が豊かになるにつれ、人々は黒一色では満足出来なくなった。車にも個性を求めるようになったのだな。

それでもフォード君は、黒の車を作り続けた。染みついた考え方を変えることが出来なかったのだ。

結果、カラフルなラインナップを揃えて人々の期待に応えたGM(ジェネラルモーターズ)に負けてしまった……」そう言って孔明は遠い目をした。

「フォードさんは、既存の考え方を変えられなかったがために、時代の変化に適応出来ず、戦いに負けてしまったのですね」僕は自分なりに、話のエッセンスをまとめた。

「ああ、その通りだ。天才のフォード君でさえそうなのだ。いわんや、凡人のお前はどうだろうか」

 

僕はフォードの失敗を自分の就活に当てはめようと、考えを巡らせてみた。

敗北、時代の変化、固執、考え方……アメフト部、合格発表……

不意に点と点がつながった。そうだ!孔明が言いたいのはきっとこういうことだ!

 

「先生、僕は高校時代、受験勉強を必死で頑張りました。その過程で、受験的な考え方、例えば偏差値至上主義、が頭に染みつきました。幸い、それで大学受験は成功を収めることが出来ました」

「なるほど。続けてくれ」

「僕はその考え方に疑問を持つこともなく、無意識に就活を受験的な考え方で乗り切ろうとしました。

でも……就活と受験は違う。時代は、変わっていたのです。

その変化に気付かなかったことが……僕の就活が失敗した原因なのではないでしょうか」

 

一瞬の沈黙の後、孔明が言った。

「かかか!その通り。よく気付いた」

 

仮説は正しかったようだ。

「では、お前のやり方がいかに間違っていたかを検証してみようじゃないか。まず、そもそも『受験的な考え方』とは何かを整理しよう」そう言うと孔明は、扇の持手で地面に大きく「受験的価値観」と書いた。

受験的価値観

①偏差値至上主義
「偏差値ランキング」の上位にある大学を目指すのが正義

②能力至上主義
ライバルより1点でも多く点を取り、自分の能力を示したものが勝つ

③志望理由軽視主義
大事なのは能力であり、「なぜその大学に入りたいか」は関係ない

「これが、お前が受験勉強を通じて獲得した考え方だ。どうだ当てはまっているだろう」

僕は書いてあることをじっと見た。

改めて言われてみると、なるほど、受験とはそういうものだろう。

確かに僕はこの考えに基づいて大学受験をし、晴れて神大生になることが出来た。いわば、僕を成功に導いた価値観である。

しかし、それがなぜダメなのだろう。直観的には分かるものの僕はまだ完全には理解していなかった。

1
2