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ツイッタラーの謎に迫る インタビュー篇

にじょう





ツイッタラーの謎に迫る インタビュー篇 


本記事は以前筆者の担当した「ツイッタラーの謎に迫る」という記事の続編にあたるものである。そちらも本記事と併せて読んでいただければありがたいことこの上ない。



前回のまとめと今回の目的


前回の記事では、「ツイッタラー」という言葉そのものの定義やその特徴と矛盾(しているように見える)点、それに加えてツイッタラーの社会性という点について考察した上で働きアリの例えで論を閉じた。

しかし、この論は全くもって筆者の思考のみで完結しているものであり、実地に基づいた見解はほとんどみられなかった。そこで、本記事では実際にツイッター上で情報を発信している方々に取材を行い、筆者の認識と実際、どの点がどのように違っているのかを明らかにして読者の方々にお伝えすることを目的とする。


今回は三人の方の取材協力を得ることができた。いずれの方もお忙しい中、時間を割いてご協力くださったことに対して改めてここでお礼申し上げたい。


文字数の関係で全ての質問、回答をここに載せることは叶わなかったが、お三方のエッセンスを感じ取っていただければ幸いである。なお、形式に関しては同じ質問が重複するので、一つの質問にお三方の回答を添えるものとした。



TwitterというSNSについて


いつ、Twitterを始めましたか?

Aさん(以下敬称略):最初は大学用で新歓の情報を集めるためにアカウントを作って、見る専として始めました。


Bさん(以下敬称略):大学に入ってからですね。友達作りに難航していて、ある雑誌に友達を作る場所としてTwitterが挙げられていたので覗いてみたら、Twitterの人々が楽しそうに絡んでいたので、作ってみました。


Cさん(以下敬称略):Twitter自体は中学生から、面白いツイートを見るために見る専でやってました。ツイートするためにTwitterを始めたのは入試に落ちた3月10日で、後期の合格通知が届いた3月25日に初ツイートをしました。


なぜ、Twitterを今まで続けていますか?

A:こっちでできたコミュニティもあるし、反応がもらえるっていうのもあるかな。


B:頭に浮かんだことをインターネットのどこかに残すという行為が昔からとても好きで、Twitter関係なく何かしらのアプリに依存する。それで今はリアルの交友関係としても繋がりが多くあるTwitterを必然的に多く使っている。


C:やることがないからですね。よくドーパミン中毒とかどうとか揶揄されがちなZ世代ですけど本当に的を射てると思いますよ。この SNSをやってると、それまで公園で妖怪ウォッチバスターズやらポケモン対戦やらやってたのを遥かに凌駕するドーパミンが流れ込んできます。そりゃなかなか辞めれないわけで...



Twitterの好きな点を教えてください

A:匿名性の度合いが丁度いいところ。TikTokとかのコメント欄とかは荒れすぎてるし、インスタは身内すぎるし。Twitterが丁度いい。


B:なんとなく頭に浮かんだ短い文字でも気軽に投稿できるのが好きかな。インスタとかは写真がメインみたいな気もするので。一手間増えちゃう。


C:コミュニケーションツールとして優秀。時間をかけて自分の考えを慎重に、丁寧な表現で伝えられる。そしてそれが多くの人間によって切れ目なくTLに流れてくるっていうのは見てて面白い。


「バズ」の感覚について

A:クソ脳汁出ますね。大体最初の一時間の初速くらいでバズるかどうかってわかるので、気持ちいいです。

ただ、通知を消したい派の人間なのでそこだけちょっとめんどくさいです。


C:正直嬉しくないです。通知すぐ20いくなあ、みたいな感じです。ネタツイっぽいのでバズっても、大抵面白くないツイートですし、引用でバズったらなんかプライド的にアレだし、冷笑みたいなものでバズったら攻撃されたりお気持ち表明されたりで、Twitterなんかやってるヤバい奴らの有象無象に見られるっていうのはあんまり良い気分ではないです。もっと平和にバズりたい、、、


Twitter上のご自分と現実のご自分に乖離はありますか。

A:乖離というか、Twitter上の自分は自分の中の一部分を誇張している感じと言った方が近いと思います。自分の全てを均等に誇張しているわけではないから、実際に会えばやっぱりTwitterでの自分とは違う印象を持たれると思います。


C:違うんですけど違わないって感じですね。Twitter の人格はリアルの自分が大分誇張されるというか、思ってることも言いますけど、思ってないことも言ってしまうなあ、みたいな感じです。

もちろん客観的に見たリアルの自分とは全く違いますよ。内在してる精神的なリアルの自分から大分誇張されてるという話です。下世話な話をしているグループにいると、話を合わせようとそれに乗っちゃうような、そんな感じです。乖離というか、みんなが持ってるような、多面性の中の一つのペルソナでしかないと思います。



「ツイッタラー」について


ご自分のことを「ツイッタラー」だと思われますか。

A:思いません。ツイッタラーという呼び名は帰属意識的な感じがあって、それを自称するのは、ツイッターの中で冷笑対象になっているものと結局同じなのではないか。と思います。


B:思います。


C:最近は思いません。始めたての頃はツイッタラー的な存在だったかなと思います。ツイッタラーって単語はわりかし否定的に見てるし、自分に使う時は自虐的な意味を込めている節があります。これは別に自分自身に陳腐なレッテルを貼るのが嫌とかではないですよ。


どんな方をツイッタラーだと呼べると考えますか。

A:例えばyoutubeを見てる人のことをyoutuberとは言えないじゃないですか。

つまりツイッタラーっていうのはみんなにネタを提供している側の人で、ツイッターで日頃発言しつつ、反響を得ている人っていうように言えるんじゃないでしょうか。



B:これは結構自分のことなんですが、ツイッター閉じては気づかないうちにまた開いて、を繰り返してるような人のことですかね。


C:ツイッターを人生の拡張機能として用いてる人ですね。

Twitter は暇つぶしであり、生活の一部として自分のQOL をあげるツールでは断じてないはずですが、普段の生活のQOLが低すぎるあまり、Twitter がエリクサーとなっている人たちもいます。彼らがツイッタラーです。


ツイッタラーとそうでない人に違いはありますか

B:僕の持ってるイメージだと、ツイッタラーは積極的に、そして異常な数のツイートをしているとか、めっちゃすぐにいいねくれたりもうツイッターに住んでるんじゃないかみたいな人なのでそこ(が違い)かな?一年生だと◯◯◯◯◯(自主規制)君とか?


C:いろんなツイッタラーと呼ばれる人と会ってきましたが、総じてコミュニケーションに問題のある人が多いです。言語化能力に長けているので大人っぽいかと思いきや実は精神的に酷く幼かったりする場合があります。大抵は希薄な人生経験や家庭環境、友人の少なさ、学生時代のトラウマなどに起因しています。



おわりに


こちらが今回のインタビューの一部である。どう感じられただろうか。予想通りか、はたまた思っていた内容とは違ったか。

いずれにせよ、私はこのインタビューを通してわかったこと、いや本当は最初からわかっていたことがある。つまり、いわゆる「ツイッタラー」などというものは存在しないということ。もちろん共通認識としての「ツイッタラー」というものはどこかにあるかもしれない。しかし、そんなものは実体も持たなければ、ただ一人の「ツイッタラー」の称号を得るために年に一回武道館でトーナメントが行われるわけでもない。勝手なイメージだけが各個人の中で反復、増幅し結局本当のところからは離れていく。

「ツイッタラーの謎に迫る」?実態のないものに迫れるはずがない。

私がお会いしたのは3人のそれぞれ違う、素敵な人たちだった。


そんなことはわかっていたはずなのだ。ただ、私はそのイメージばかりを追っていた。恥ずべきオリエンタリズム的視点を持って見てしまっていたのだ。全く同じ人間はいない。一つの属性だけで構成されている人間などいない。もとから知っていた。


私は、何を求めたのだろうか。「ツイッタラー」を見つけて、それから・・・。


以前の記事で私は「ツイッタラーたちが羨ましかったのかもしれない。そこで自ら近づくのではなく、離れた場所から分析しようとする自分こそが最後に残るアリだったのか。」と最後に締めた。まさにその通りだったのかもしれない。自ら関わりに行こうともせず、理解もせず、遠い遠い、干渉されない場所から観察して、解釈して。わかったつもりになって、頭でっかちは加速していき、身動きが取れなくなっていった。はずだった。


今回のインタビューで、自分がこれまで観測していた人々と出会い、「ツイッタラー」像は脆くも崩れ去った。それと引き換えに、今回インタビューをお受けしてくれた人たちに出会えた。そのしあわせを受け止め、この一連の記事はおしまいにしようと思う。

迫るべきものは、すでに私の中からはなくなってしまった。



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にじょう

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