No.130

「プラスの言葉」で、生徒の未来を明るく。

奥山慎介

(ファイト学習会教室運営責任者)

Presented by Yusuke Kajimoto, Riko Mizutani

Photo by Sakura Suga


真剣な表情で、ときには明るい笑顔を交えながら自身の教育観について話してくださった奥山さん。「自分が幸せでなければ他人を幸せにすることはできない。」この言葉に込められた、塾講師のバイトをしている学生たちへのメッセージとは。

PROFILE

奥山慎介

彼を動かしたのは、教育へのアツい想い。

-塾講師になったきっかけは何ですか?


僕、教育が好きだったんですよね。だから学校の先生になりたいと思っていたんですけど、先生になるためにまずは自分が苦手な勉強に取り組もうと思って塾に通い始めました。しばらく塾に通ううちに、自分がしたい教育は塾講師としての教育にあると感じ、今の道を選びました。

-自分がしたい教育というのは具体的にどういった教育ですか?


世間一般には、学校じゃ言ってはいけないキーワードとか、学校の先生とはこうあるべきみたいな考えとかがけっこうあるんですよね。それはいいことでもあるんですけど、自分の中では、もっと子供たちの中に深く入り込んで彼ら自身の想いや希望を尊重した教育をするために、本気で対話していきたいっていう思いがあって。だから子供たちに一番響かせたい言葉を伝えるためなら、大人として言ってはいけない言葉であっても、僕は全然言います。それが僕の目指す教育のかたちですから。

-塾講師になるまでの経緯を教えてください。


学生時代は部活動に一生懸命取り組んでいたんですけど、塾講師になるためにしていたことは一切ないです。実は僕が最初になった職業はウエディングプランナーだったんですよ。

-ウエディングプランナーをやっていて、そこから塾講師に?


そうです。ウエディングプランナーから塾講師に転職したんですよ。最初から話すと、学生時代の就職活動ではアパレル会社を受けていたんです。当時は部活でやっていたバスケットボールのことしか考えてなかったので、将来のこととかは全く考えずにただ服が好きだからっていう単純な理由で受けていました。で、アパレル会社からの内定を3つくらいもらって、現実的にアパレルの仕事を考えたときに、「あ、自分服売るの好きちゃうわ」と思って。そのことがきっかけで自分のことを考え出したんですよね。自分は人を楽しませたり、笑わせたりするのが好きだから、じゃあその最高の笑顔を作り出すためにはどうしたらいいんかなって考えたときにウエディングやなと。それでウエディングプランナーになったんですよ。でもウエディングプランナーの仕事と並行してバスケットボールチームの監督も務めていたこともあって、教育に携わる仕事への想いが消えず、最終的には塾講師になる道を選びました。

-塾講師に転職するにあたって、特別に何かしたことはありますか?


占い屋を回ったことくらいですかね。教育って言っても、子供に対するものだったり、大人を教育する人事部だったりいろいろな教育があるじゃないですか。で、どんな教育にするか決めたくて、占い屋に行ったんですよ、占いアタールっていうお店に。そのお店でここがいいですよって言われたからここにしたんですよ。つまり特別にしたことは何もありません(笑)

-では学生を教育することに限らず教育そのものに興味があったということですか?


その通りです。全般的に今もまだ興味があるんですけど、やっぱり子供の方が好きかなと思いますね。


山村玲央

(批評誌『夜航』執筆・編集メンバー/国際文化学部5回生)

神大生、もっと俺たちと普通に話そうぜ。


山本歩

(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン マーケティングコミュニケーション部 部長)

USJでみんなを元気にしたい


山本真也

(国際文化学研究科准教授)

広く、かつ深く、物事に取り組む


三ツ矢・M・たらお

(自由劇場 新入生歓迎公演「ゆめゆめこのじ」演出)

最終的にお客さんがいいと思うものを作る


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