ミッフィー。オランダのデザイナーであるディック・ブルーナが手がけた、誰もが知るウサギの女の子のキャラクター。 私と彼女の出会いは2年近く前まで遡る。
当時受験生で日々の癒しを求めていた私は、とある雑貨屋で赤いだるまに扮した彼女を見て「ミッフィーのだるまだぁ!かわい~」と偏差値2の感想を抱き、気づけば彼女を手にレジへと向かっていた。特別ミッフィーのファンだったという訳でもなく、「手乗りサイズのかわいいもの」が欲しかっただけ。
そこから、私とミッフィーの生活が始まった。
彼女の居場所は枕元へと定められた。予備校で自習してくたくたになって帰ってきた日も、初めて模試でA判定をとった日も、「ぜんぜん勉強してない~」と言っていた友達がめちゃめちゃいい点数を取っていた日も、彼女はそばで何も言わず見守ってくれた。
一緒に暮らすうちに、私は彼女に惹かれていった。いや、もっと正確に言えば、彼女の容姿にである。
「何言ってんだこいつ」と思う前に、まずはミッフィーの顔をよく見てほしい。
まん丸な黒い目、中央やや下に配置された鼻と口。(×の上部分が鼻、下部分が口を表している。) シンプルながらも洗練された完璧なデザインである。
美術3だった私でもそれっぽいものが描けるのはありがたい。
しかし、よく考えてみると私は彼女のことを何も知らない。何歳なのか。どんな性格なのか。家族は何人いるのか。このままではただの顔ファンだ。
彼女のことをもっと知りたい。
その一心で、気づけば私は図書館に足を運び、ミッフィーの絵本を手に取っていた。
幼児向け絵本のコーナーに単身乗り込む成人女性の姿はギリ不審者だが、意を決してその中の1冊を手に取る。薄い(物理)。幼児向けなのだから当たり前だが、こんなに薄い本の中に起承転結が組み込まれていることに感心しながら読み進める。幼い頃はなんとなく読んでいた絵本だが、そこには彼女の人柄が生き生きと描かれていることに気づいた。
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たとえば、福音館書店から出版されているミッフィーの絵本『うさこちゃんとたれみみくん』では、片耳が垂れていることから「たれみみくん」と呼ばれている転校生の男の子、ダーンがその呼び名を嫌がっていることを知り、ミッフィーがクラスメイト達に「彼を名前で呼ぼう」と提案する模様が描かれている。彼女は正義感が強く、間違っていると思ったことを正そうと行動する勇気のある女性(ひと)なのだ。
一方で、彼女が過去に罪を犯していたことも知った。
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同出版社の絵本『うさこちゃんときゃらめる』は、衝動的にキャラメルを万引きしてしまったミッフィーが良心の呵責によって眠れなくなり、後日母親とともにお店に返しに行き「こんなことはもう二度と絶対にしない」と誓うお話だ。
彼女のような高潔な人物でも過ちを犯してしまうのだと衝撃を受けた。しかし重要なのは、自らの罪と向き合い、償い、前に進むことであると彼女は教えてくれる。人間くささを感じさせるこのエピソードを読んだ後、私は彼女のことがさらに好きになっていた。
それから月日は経ち、ミッフィーとともに駆け抜けた受験生活が終わりを迎え、私は大学生になった。慣れないレポート、初めてのバイト、大勢の人がいるサークル。たくさんの新しいことに翻弄される私の頭からは、いつしかミッフィーのことはすっかり抜けていた。
グッズを買った。絵本を読んだ。街中で見れば写真を撮った。邂逅から早1年、すっかりベッドの隅の風景と化した彼女を眺めながら、私は自らの情熱に限界を感じていた。
「もう私はミッフィーを知り尽くしてしまったのだ」と。
いや、まだあったじゃないか。
彼女に会える場所が、すぐ近くに。
〈画像引用元:https://dickbrunatable.com/wp-content/themes/dickbrunatable/assets/img/access/img_kv_accessInfo.jpg >〉
三ノ宮駅から歩くこと10分。
ミッフィーとともに食事が楽しめるレストラン、「Dick Bruna TABLE」に私はいた。
〈画像引用元:https://dickbrunatable.com/wp-content/themes/dickbrunatable/assets/img/floor/img_main_2f.jpg >〉
店内にはディック・ブルーナのイラストや絵本が飾られている。ちょこんと席に座っているミッフィーが愛らしい。
着席すると、人数分のミッフィーとミニスープが運ばれてくる。
見づらい写真で申し訳ないが、カトラリーの持ち手にもこちらを除くミッフィーが描かれている。かわいい。
「本日のカスクート」を注文した。メニューにはパンネルクーケン(オランダ風パンケーキ)やクロケット(オランダのコロッケ)など、ミッフィーの故郷の味がいっぱい。
食事を堪能しながら、私は己を恥じた。
私は、目の前のタスクをこなすのに必死で彼女のことを知ろうとする努力を忘れていたのだ。あまつさえ、彼女の魅力を全て知り尽くしたかのように錯覚していた。
およそ730日間。色々なことがあった。試験前日に緊張してうまく寝付けなかった夜。合格発表の中に自分の受験番号を見つけたあの瞬間。同じ学部の人たちに会う初めての朝。いつだって彼女は枕元で見守ってくれていたのだ。
これからはもっとミッフィーに会いに行こう。出会ったあの頃とは違い、私は今や自由の身である。すぐには難しいけれど、いずれは彼女の故郷、オランダへも。
ミッフィーと私の暮らしは、これからもつづく。