私の荷物はいつも重い。
バッグは見た目からしてパンパンだし、持ってみてもやっぱり重い。
友人からは「何が入ってるの?」と言われる。
私は必要最低限を持ち歩いているはずだが、なぜ重いのだろうか。
今回は、その理由を探ってみることにした。
私の荷物はいつから重いのか
私の荷物が重いのは今に始まったことではない。
私の荷物が重いのは中学の時からである。
置き勉していいはずの各科目のファイルをすべて持ち帰っていたり、クリアファイルの中は、家で絶対に読み返さないプリントや部活の楽譜でいっぱいにしていた。
整理整頓の下手さがここに現れているのかもしれない。
高校の時は、日々の課題が膨大であったため、置き勉していても荷物は常に重かった。
持ち帰り忘れて課題ができなくなるのがとても怖かった。
加えてこの時期、私はかなりの猫背だったのだが、その一因は荷物の重さにあったと思っている。
父親(力持ち)に荷物を持ってもらったことがあるのだが、「腰が砕けそう」と言われるレベルだ。
そのレベルの荷物を、私は3年間運び続けていた。
荷物が重いことのメリットを挙げるとするならば、日々の移動で体力がつくことなのかもしれない。
そして、こうして振り返ってみると、「念のために持つ」という習慣が、私の荷物を重くしているのかもしれない。
あの人の荷物はなぜ軽いのか
周囲の人の荷物はいつも軽そうに見える。
おしゃれなトートバッグに、パソコンだけ入れて通学する人。
小さなバッグに、おそらくスマホと財布だけ入れて街を歩く人。
羨ましいなと思う反面、心配性の私にはできないな、と思ってしまう。
何を入れていて、何を入れていないのか、なぜ入れていないのか、道行く人に詳細を聞いてみたいものだ。
私にとって荷物とは?
冒頭申し上げた通り、今の私は必要最低限を持ち歩いているという意識である。
決して、いらないものを持ち歩いているから重いのではない。
全て必要だから削れないのである。私にとっての必要最低限をここで開示してみよう。
・パソコン(付随するデバイス・ケース付き)
・ワイヤレスイヤホン
・有線イヤホン
・モバイルバッテリー
・充電ケーブル×2
・折り畳み傘
・ヘアブラシ
・前髪お直しパウダー
・リップ×4
・マウスウォッシュ×2
・ポケットティッシュ
・ウエットティッシュ
・ばんそうこう
・油とり紙
・ビニール袋
・薬
・お守り
・エコバッグ
・スマホ
・財布
・鍵
・ICカード
以上である。
これが私の必要最低限だから、これ以上削ることはできない。これらをすべて入れるためには、小さなバッグでは事足りない。
私はこれらを、メインバッグとスマホショルダーに分けて持ち歩いている。
荷物の多い私が、特に必要なものをすぐに取り出すための工夫である。
私の荷物はなぜ重いのか
ここまでを踏まえて、改めて理由を考察していく。
理由はざっくり3つあると思っている。
1つ目は「リスク回避的志向」である。
高校の話にも書いたように、「持ち歩かなかったら困るかもしれない」という状況を避けるために、あらかじめ備えておきたい意識が強い。
2つ目は、めんどくさがりな性格による「選択の放棄」である。
必要最低限をこれ以上削ることはできないが、その日の予定によっては削れるものもあるのかもしれない。
例えば、雨の降らない日に折り畳み傘を持ち歩く必要はない、というように。
しかし、その日ごとに「持つか、持たないか」を判断することには、意外と心理的なコストがかかる。
それならばすべて持っておく方が楽、という考えに至るのだ。
3つ目は、「自分の安心のため」である。持っていることで「想定できる範囲では困らない」という精神的な余裕が生まれる。
逆に、持っていないと「困るかもしれない」という不安が先に立つため、結果として手放しにくくなっている。
持ち歩くことで1つ目の「リスク回避的志向」による不安を和らげ、安心を得ているのだ。
私の荷物はいつか軽くなるのか
こうして考えると、私の荷物の重さは単なる物理的な問題ではなく、私の思考や性格の現れでもあると言える。
荷物を軽くすることは、単にものを減らすことではなく、「持たなくても大丈夫だ」と思える範囲を広げていくことなのかもしれない。
とはいえ、明日からリップを1本に減らせる気はしないし、エコバッグを家に置いていく勇気もまだない。
きっと私は、これからも「念のため」を積み重ねながら生きていくのだと思う。
そして、それでいいのだと思う。
念のため持って行ったばんそうこうが誰かの役に立つこともあるかもしれない。
モバイルバッテリーだって、これまで何度も人に貸してきた、機能以上の意味を持っているアイテムだ。
軽くなる日はまだ遠いかもしれないけど、今は少し重いくらいでいい気がする。




