普段は宗教勧誘の紙か新居案内のチラシか水のトラブル24時間サポートのマグネットしか入っていない我が家のポストに、何やら異彩を放つモノが入っていたんです。
それがこちら↓
見るだけで幸せになる漢字六文字の羅列。華やかな模様。煌びやかな帯。
そうなんです!近々僕の6つ上のいとこが結婚するんです!
結婚式に出席するのが人生初 なもんで、今からめっちゃ楽しみなんですよね~~
そんなわけでポストから招待状を取り出して意気揚々と部屋に入り、早速招待状に記入しようとペンを持ったとき、ふと思ったんです。
「なんか書き方のマナー的なものあるんかな」 って。
大事な招待状に記入ミスをするわけにはいかないので、
僕の手元にGoogle先生を招待して書き方を教えてもらった訳ですが...
衝撃のマナーに驚愕の嵐
(いや招待状の書き方とか常識やろwって思った人は自分の頭をなでなでしておくように。)
簡単にマナーをまとめると、、、
・ご出席、ご欠席の「ご」の字を二重線で消してから、どちらかに、丸をつける。
・御住所、御芳名の「御」「御芳」を同じく二重線で消してから、住所、名前を書く。
・「ご結婚おめでとうございます」などのメッセージを添える際、句読点は使わない。(“区切り”や“終わり”を意味するため)
・やむを得ず欠席する場合は、一週間程度あけてから返信する。(即答は失礼)
・オモテ面の「~行」は二重線で消して「~様」に書き換え。(これはよく見るかも)
いやこれもう、 二度手間どころの話ちゃいますよほんま。
特に最初の二つとか。消させるためにわざわざ「ご」を付けるってなによ。消されるためだけに産み落とされた「ご」の気持ち考えてよ。
てかもはや「マナーわかってないやつをあぶり出すためのトラップ」ですやん。(ひねくれすぎ?)
もっと言うなら結婚式の招待なんてハガキ使わなくてもLINEで出来ちゃいますもんね。
たぶん新郎新婦の古くからの友人で、遠くに住んでいるがために新郎新婦の近況を知らなかった人なんて絶対、招待状が届いたときに
「お前結婚すんの!?おめでとう!!結婚式絶対行くから!!」
って LINEで 送ってますもん。
でもそれとは別にちゃんとハガキも返送するんですよね。嗚呼二度手間。
...と、ここまで穿った見方を全力でお伝えしてきましたが、そろそろ純粋な視点で考えてみようと思います。
ある意味“無駄”としか思えないようなこの文化が途絶えていないことの理由の一つには、
手間をかけること、マナーを遵守すること自体が、
想いを伝えることに繋がるという共通認識があるから
っていうのが挙げられるんでしょうね。
句読点を付けないというマナーも、このマナーを守ることによって、 「末永くお幸せに」というメッセージを添える のと同じ意味を持たせることができる形式であり、
「ご」をあえて付けておき、相手が消すという工程も、 お互いが敬意、謙遜を示し合える 形式。
ひと手間かけてハガキを書くのだって、 「あなたの幸せを祝うためなら、喜んで自分の時間を割きたい」という想いを伝える 行為だと捉えることができるかも。
“無駄”は想いを伝えるための有効な手段 だ、という観点から考えると、他にも例が見つかるかもしれません。
例えば、プレゼントとか。
誰かにプレゼントを贈るなら、とりあえずモノ自体をあげればそれで成立するのに、多くの人は 包装 をします。
どうせビリビリに破いて捨てちゃう、 “無駄”なもの なのに。
でも、これにはプレゼントする側からの 「開ける瞬間まで楽しんでほしい」という想い が込められているわけですよね。
「喜ばせたくて」と口に出すのはなんだか変だから、 包装という手段で喜ばせる要素を付け足したり して。
学校や会社で普通に生きていたら、合理的に物事を進めることが求められる。素早く淡々とこなすことが褒められる。
そんな現代だからこそ、 誰かに温かい想いを伝えるときくらいは、“無駄”を省かず、むしろそれを大切に していけたらいいですよね。
こんなことをぼんやり考えながら過ごしているテスト一週間前です。
まだ見ぬいとこの子供、めっちゃ甘やかそっと。