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”何が起こるか分からない” は ”何でも起こせる”ってこと

加納 久慶(かのう ひさよし)(海事科学部2回生)

Presented by Yumika Kamada,Mako Kameoka
Photo by Ririki Nakabayashi

この春、海事科学部2回生になった一見普通の神大生、加納久慶さん。神大生は皆、気さくに笑顔で話す彼の自己紹介を聞いて驚く。「1991年生まれの24歳です。」"24歳の1回生"として話題になった彼が、高校卒業後に過ごした6年間のまわり道を辿る。

-加納さんは6浪したと噂で聞きましたが、6年間の詳しい経緯を教えてください。


その噂は事実で、僕は医学部を目指して6浪しました。1浪目は岐阜の実家から名古屋の予備校に通い、2浪目は神戸に下宿しながら神戸の予備校に、続いて3浪目は大阪の予備校に通っていました。その時に良い成績を取れたので、絶対合格しただろうと思って家を引き払ったんですが、結局不合格でした。そのため、4浪目は実家の岐阜から京都の予備校に通いました。しかし、4浪目も不合格で、このまま予備校に通っていても結果が出ないのではないかと思い、5浪目は福岡にある寮制の予備校で勉強しました。寮制は良かったのですが、地理的に不便だったので、6浪目は関西にある寮制の医学部専門予備校に通いました。そしてこの年、親と色々話し合った結果、医学部以外の学部を受けることになりました。多浪では普通の学部からの就職が難しいため、専門性のある学部に行こうと考え、センターの結果も踏まえて神戸大学海事科学部を受けました。また、2浪目、3浪目の時にお世話になった予備校の先生が神戸の先生で、その先生の近くにある有名国公立が神戸大学だったということも、神大を選んだ理由の一つです。先生は、勉強だけでなく、浪人中の不安定な精神面のサポートもしてくれたので、大学4年間もこの先生のそばで過ごしたかったんです。

-6年間どんな気持ちで浪人生活を続けてきたんですか?そして、6年目で浪人を終わろうと思った大きなきっかけはなんですか?


浪人生活ってどこまで続くか分からないマラソンみたいなものなんです。42.195km走り終えても、「もう一周です」って言われるかもしれない恐怖が付きまといます。ただ、毎年補欠合格の通知が来たので、あと少し頑張れば合格に届くんじゃないかって思ってたんですよ。でも、そうして年が経つにつれて、今年こそいけるんじゃないかっていう希望が徐々に見えなくなってきていました。そんな6浪目のある日、同じ医学部志望の浪人生でも、僕のように純粋に6年間浪人するより、4年大学に行って卒業してから2年浪人したほうが、受験の面接の際に印象が良いという話を聞きました。4年間の大学が無名のところだったとしても後者の方が有利なんです。その話を聞いて、立ち直れないほどに心が折れました。僕のこの6年間なんだったんだろうって。そういった失望と、このまま勉強を続けても結果は出ないだろうという諦めもあり、浪人生活を終えて進学することを決めました。

-6年間何を信念に医学部を目指してこられたんですか?


将来の夢に関してあんまり考えたことがなかったので、強い信念があったわけではありません。父親が開業医で、だからといって医者になることを強いられたわけではないのですが、幼い時から自分は当然医者になるのだと思っていたんです。海事科学部に入った今は、縁があったということだし興味もあるので、船乗りになれたらなと考えています。

-なるほど。6年間の浪人生活を振り返って、得たものはありますか?


大きく2点あります。1点目は、親や友達の優しさに気づけたことですね。6年もずっと1人で勉強ばかりしていたら孤立しそうですが、ありがたいことに6年間で1度も孤独感を感じたことがありませんでした。辛い浪人生活の乗り越え方を教えてくれた神戸の恩師や、センター会場にわざわざ応援に来てくれる高校時代の友達、そして浪人して色々話をする機会が増えた親。周りの人に本当に恵まれていることを感じました。特に、「お前が何浪しようが、どんな職業に就こうが、俺はお前の友達だよ」という友達からの一言は、本当に嬉しかったです。とはいえ、浪人中は自分のことで精一杯なので、親を傷つけたり、友達と喧嘩したこともありました。その分素直になれる今、みんなに感謝の気持ちを素直に伝えていますし、これから彼らに恩返ししていこうと誓っています。2点目は、自分の考え方や捉え方1つでマイナスをプラスにできることを学べたことですね。僕は普通の人が辿る王道ルートを外れてしまっていて、それは一般的にコンプレックスに思われるかもしれません。でも逆に、人があまり経験しないようなことを経験できたこと自体が、これからの人生において自分の強みになると考えることもできます。もし自分が過去に執着して塞いでばかりいたら、このように考えることもできなかったでしょうね。