NO.17

どんな場面でも自分の感性、五感を信用して欲しい

河内 鏡太郎

Presented by Kaori Fujiyama
Photo by Kaori Fujiyama

新聞記者・編集局長を経て教育の現場に参加。「どの立場であれ人の心に伝えるという点で変わらない。」主体性を大切にする彼が自身の経験に基づきながら社会で生き抜く術を伝える。

-河内さんが新聞記者というお仕事を選ばれた理由はなんでしょうか?


新聞記者への思いは小学生のころからありました。父親も新聞記者でしたから、自然に憧れを抱いていましたね。新聞から学んでいくことよりジャーナリズムという世界が身近にあったからだという気がします。

-学生時代の経験で役に立ったことをお聞かせください。


文学部で東洋史を専攻しており、卒論のテーマに中国史、それも隋唐時代の女性風俗を選びました。社会部の記者になって4,5年たった頃、奈良・飛鳥の古墳で、壁画が見つかりました。考古学史上最大の発見といわれる「高松塚壁画古墳」です。きっと酒の席で卒論のことを話したのでしょうね、デスクが覚えていてくれ、取材チームに抜擢してもらえました。文化財に詳しいベテラン記者たちの集団で唯一の若造でした。大学で学んだことが実際の社会で役立つことは少ないかもしれません。しかし、ふと浮上することがあるのです。私の場合、それが考古学ブームを起こすききっかけとなった壁画古墳の取材に繋がったのです。社会部でも広島の原爆、沖縄の戦争、ナチスによるアウシュビッツ強制収容所などを取材するときに、歴史を見る目が養われていたのはよかったと思いますね。 在学中は体育会スケート部に所属していたのですけど、その頃のスケートリンクは屋外で、信州の松原湖を拠点にしていました。寒風にさらされながらの練習でした。向かい風のときには、足を懸命に動かしても前に行きません。遅々とした動きでコーナーを回った途端、追い風に変化するのです。何もしなくても進んで行くような状態です。しかしスピードをコントロールできないために、コーナーで勢い余って飛び出してしまうのです。その時に、人生には向かい風、追い風の時があり、向かい風の時、スピードは遅いものの転倒したり、コースからはみ出したりすることはありません。追い風になった途端、加速されて、制御できなくなってしまいます。その事の恐ろしさを感じました。フォローの風の時にこそ真価が問われるということ今でも思います。

-学生時代にやっておけば良かったなと思うことはありますか?


申し訳ないけどそれは全くないですね。何かをやっておけば良かったということをその後の人生で果たしてみんな思うでしょうか。大方の人は考えたことはないはずです。あれをやっておけば良かったなんて考えることは何の意味もありません。 今となって思うことは色々あったとしても、後悔として残るものではないです。お金もない、社会も知らない学生として精一杯生きていたという実感はありましたね。